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定年後は一人社長で1,000万円稼ぐ⑳鎌倉幕府の若い2代目社長

創業カリスマ社長が急に亡くなって、

若い2代目社長が空回りして、

分裂しかねない状況の同族企業・・・

 

鎌倉幕府2代将軍に源頼家が就任したころの鎌倉幕府は、

まさにこの状態でした。

創業社長が、カリスマであればあるほど、

2代目社長は苦労しますよね。

 

こんにちは

定年起業コンサルタントのtomoshinオフィスです。

 

巷の同族企業も代替わりをするときは、

大なり小なりあるとは思いますが、

鎌倉幕府株式会社は、

超カリスマ社長の頼朝社長が、

ある日突然亡くなり、

後継者の指名も出来ていない中、

まだまだ、世の中がわかっていない、

2代目頼家若社長が急遽擁立されて、

古参の社員の

北条時政、比企能員・・・・・北条義時までの

鎌倉幕府の宿老13人と対立するという構図です。

 

鎌倉幕府はまさに同族中小企業

鎌倉幕府の歴史を綴った歴史書「吾妻鏡」には、

源頼家は暗君であったと書かれています。

蹴鞠にうつつを抜かしている、

家臣の奥さんを自分の物しようとして

母の北条政子が収めた等の記述があります。

ただこの「吾妻鏡」は、

北条氏により編纂されており、

北条氏が頼家をよく書いていないこともあります。

 

北条家が頼家をよく書かない理由は、

頼家が、頼家の乳母である比企家を

バックにつけようとしていたことがあげられます。

おもしろくないのは北条

今まで頼朝を支えて平家を撃ち、

鎌倉幕府を立ち上げたのは

北条であるという自負もあり、

頼家が比企を重用することが許せなかった

ということだったのです。

だから、頼家をよく書いていないのだと思います。

 

同族企業従業員派閥の対立

このことは、株式会社鎌倉幕府にとって、

超カリスマ頼朝社長が後のことを何も決めず、

ある日突然亡くなり、

ある日突然2代目になった頼家若社長を

支えるはずの役員陣も、

北条専務派と比企常務派で

バチバチに対立している状況。

その中で頼家若社長は、

比企常務派を推している中で、

当初から株式会社鎌倉幕府を

支えてきた北条専務派が、

比企常務派を完膚なきまでに叩きのめして、

会社から一掃し、

最終的に頼家若社長と決裂し、

弟の実朝を新たな新若社長に据えようと

画策したということです。

どろどろの内部対立、仁義なき戦いですよね。

でも株式会社鎌倉幕府は、

最終的には、源社長一族に変わって、

北条専務一族がその後の実権を握って、

会社を永続させたということです。

 

私も同族企業のどろどろを体験してきましたが、

株式会社鎌倉幕府は、

ある意味究極のどろどろに対立した同族企業

だったというのが実感です。

 

私もこんな組織の会社に嫌気がさしました。

一人社長は最高ですよ。

 

そして、目指すは、

定年後は一人社長で、現在の年収を超える!!

年収1,000万円を稼ぐ!!

今後もブログ発信をしてゆきます。お気軽に下記お問い合わせから、ご意見を聞かせていただけましたら、幸いです。

これからもよろしくお願いします。

ABOUT ME
ナレッジコンサルティング
プロフィール 🔶大学卒業後、東証一部上場企業に就職。その後親族の経営している会社に入社。33歳の時、取締役としてその会社の倒産を経験。同族企業としての弱点が招いた倒産であったと自覚する。倒産後の従業員救済のために新会社を設立し、再度、今までの顧客からの継続受注を勝ち取ることに成功し、多くの従業員の雇用を確保できることとなった。その後サラリーマンに転職し、中堅企業の会社役員となり、経営企画及び営業を管掌する取締役として、48億円の売り上げを250億円の売り上げまで拡大させた。 ●新規開拓営業代行のための経営コンサルタント ●同族企業の社長継承のための経営コンサルタント ●経営者の寄り添い、指針になる経営コンサルタント ●新入社員のコストで導入できる社外取締役 ●定年起業コンサルタント