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定年起業を歴史に学ぶ⑰秀吉vs家康って戦ってました

秀吉VS家康

 

信長、秀吉、家康の3英傑の中で、

刃を交えたのは秀吉と家康だけです。

この英雄相対する戦いは、

小牧長久手の戦いとなります。

 

この頃の家康は、

三方ヶ原で武田信玄に散々に

やられたころに比べて、

格段に強くなっています。

それは、大将の家康だけでなく、

三河武士団の面々も歴戦で辛苦を味わい、

格段に強くなっているのは

言うまでもないと思います。

 

やはり秀吉と家康どっちが強い?

っておもっちゃいますよね。

戦いの結果は家康方の大勝利。

秀吉方は、死傷者1万人とも言われ、

大敗を喫しました。

その後も秀吉は家康に決戦を挑もうとし、

しばらく両軍の睨み合いの状態が続きました。

その後、和議ヘ向け秀吉方は

信雄への工作を強め、

ついに信雄・家康は和議に応じます。

 

最終的な結果は、

秀吉は、負けて勝ち、

家康は、勝って負けたと言えるでしょう。

 

そもそも織田家の跡目争いですが、

織田信長の息子たちは、

まんまと秀吉にしてやられた

ということです。

その争いの中で

、秀吉VS家康の代理戦争になりました。

でも、信長の息子達ですが、

秀吉や家康には比べるべくもなく、

信長のDNAはあまり

引き継いでいないようですね。

 

秀吉は、負けているのに、

天下を治めることになりました。

天才の秀吉だからできたのだと思います。

一方家康は、勝っているのに、

秀吉の家臣になってしまいました。

家康は、納得できなかったと思いますが、

今が辛抱の時と思ったでしょうか。

ここで待つという選択ができるのが、

家康のすごさです。

 

長くビジネスをしていると、

「負けるが勝ち」という場面に、

大なり小なり出会うことがあります。

小さいことで言えば、

議論が対立した場合、

相手に譲って、

相手を気分よくさせて、

こちらの言い分を通す

とういうこともよくあります。

相手に花を持たせて、

自分の言い分を通すこと。

相手に譲ることによって、

遠回りになるかもしれませんが、

家康の「泣くまで待とうホトトギス」は、

大いに参考になると思います。

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ナレッジコンサルティング
プロフィール 🔶大学卒業後、東証一部上場企業に就職。その後親族の経営している会社に入社。33歳の時、取締役としてその会社の倒産を経験。同族企業としての弱点が招いた倒産であったと自覚する。倒産後の従業員救済のために新会社を設立し、再度、今までの顧客からの継続受注を勝ち取ることに成功し、多くの従業員の雇用を確保できることとなった。その後サラリーマンに転職し、中堅企業の会社役員となり、経営企画及び営業を管掌する取締役として、48億円の売り上げを250億円の売り上げまで拡大させた。 ●新規開拓営業代行のための経営コンサルタント ●同族企業の社長継承のための経営コンサルタント ●経営者の寄り添い、指針になる経営コンサルタント ●新入社員のコストで導入できる社外取締役 ●定年起業コンサルタント